古森義久氏講演録8月10日
本稿は平成15年8月10日にホテルニュ‐オータニで行われた「日本台湾医師連合特別講演会」(主催・日本台湾医師連合)における、古森義久・産経新聞論説委員の講演録です。(文責・日本台湾医師連合)
「アメリカから見た台湾・中国・日本」
1、50歳代にしての台湾での驚き
1、50歳代にしての台湾での驚き
私は日本人として、今日のように何かほのぼのとしてくるような暖かい心を、ストレートに感じることがあります。
台湾の方が日本で、一種のアソシエーション連盟を作って色々活動されていることは存じ上げていましたが、お医者さんだけがひとつの組織を作られていたことは今回まで知りませんでした。そこでみなさんの趣旨書を読みましたが、そこで驚いたり感動したりした訳です。
たとえば、「台湾が国際社会に置かれている不当な地位を考える時、その状態が台湾人の心を深く傷つけているばかりでなく、日本の国益はもとより、世界の平和と安定をも損なっている」と書かれている。「台湾人として苦難の歴史の一部を背負ってきた我々台湾系日本人」という言葉もありますが、そういう人達が立ち上ったということに、私は個人としての共鳴を覚えるのです。
そこで今日はまず、「台湾と私」ということをお話したいと思います。ただ今話したような個人的な、ほのぼのとしたもの、胸を打つ熱い想いというものだけでは語れない、冷徹で冷酷な国際情勢というものもある訳でして、その辺も後半でじっくり話したいと思っています。
さて「台湾と私」ということについてですが、私自身がしているマスコミ、新聞の仕事というものは、いろいろな物事を見なければいけないし、知らなければいけないのですが、実は台湾のことについてまったく無知だった時代がある訳なのです。
私が最初に台湾の方たちと接触したのは1960年代です。当時台湾については、台湾支持の自民党の政治家が行く位で、日本には風の便りも伝わってきませんでした。
私は日本の大学を出てすぐ、アメリカ西海岸のワシントン大学へ行きましたが、そこには台湾の人もずいぶん来ていたんです。そのなかで、ある人達は友好的でよく話しかけて来たのですが、ある人達は冷たい感じがして、それが不思議でなりませんでした。そうしたなか、ある女性と仲良くなったのですが、ある程度親密になったところで、「日本人と中国人は親密になってはいけないだって」と言われ、胸にこたえた覚えがあります。「台湾の人は日本人に近寄らない方が良いのかな」と思い、これで若き日の台湾物語が終わったのですが、その頃はまだ、台湾に1949年に大陸から来た人と、それまでずっと台湾にいた人という、二つの異質な背景を持つ人々の区別など、恥ずかしながら知らなかったのです。
それ以来台湾の人間だけでなく、台湾というコンセプト自体との接触がまったくなくなりました。それから何十年も経ち、なぜまた台湾と関わりを持つようになったかと言うと、1997年7月に香港の返還がありまして、ワシントンにいた私は1ヵ月ほど取材に行きました。そこで初めていわゆる中華圏というものに接触し、いろいろな話を聞いたのですが、話が「日本」に及ぶと、必ずぶつかることがあるんです。つまり歴史の問題など、どうしても越えることのできない部分です。そしてそこで感じたのが、日本で聞く「日中友好」というものには限界があるということでした。帰国後、その時の見聞を産経新聞に書き、そしてそれとは別に「日中友好という幻想」という論文をある雑誌に書きました。「日中友好と言うが、友好とは幻、錯覚ではないか」と。そうしたらワシントンにいる私のところへ、「ちょっと台湾に来ないか」という話が、ある人を通じて来たんです。李登輝総統からでした。びっくりしました。しかし現職の総統ですから、当然インタビューに行きました。その時は何の知識もなく、李登輝総統が日本語を喋ることすら知らなかったんです。まして私よりうまい日本語を話すなど。まあ、びっくり仰天です。少なくとも一国の政府の元首が、これほど日本語を喋るなんて。台湾ではそういうことがあるのか、ということを、50代にして初めて知ったんです。
李登輝さんが日本語を喋ったからと言って、「やはり台湾は全部親日本である」という単純な考え方ではいけないことはよく知っていますが、だけどびっくりした。
2、砂漠とオアシスほど違う北京と台北
当時は97年12月ですから、総統に就任してちょうど10周年に近い時です。インタビューで彼は、その10年間の回顧をはじめました。彼はお話が非常に上手だし、話好きですから、黙って聞いていると面白い話が次々と出てくる。ところがこのためにどの位の時間を当ててくれているのかわかりません。まあ国家元首というものはだいたい1時間だろうと。ところが「日本の政治家がこう来たから、こう言ってやった」とか「金丸信からこう言われたから、こう言い返してやった」などと聞いているうちに、45分が過ぎてしまったんです。時間はあと15分位しかないのに、まだ8年前のことを喋っている。これでは記事にならないから、残りの時間ではぜひとも8年を飛ばして、今のところへ来てもらわないと困る。それで「ところで最近の情勢なんですけども」と言ったんですが、「いやあ、順番で行くから。まぁ時間はたっぷりあるから」と言うんですね。それでは、と諦めて、彼のペースに任せていたら何と4時間です。ちゃんと10年目の話も聞き、記事を書くことができました。
それ以来、時々呼ばれましたが、ご夫婦で日本語を喋っているんですね。
李登輝さんが日本に倉敷の病院に行かれた時の話ですが、診察を終えて車に乗り込もうとする瞬間の写真を、地元の中国新聞が撮ったんです。その写真を見ると、李登輝夫人が車のドアの所に立って、群衆を見ながら夫を中に入れようとしているんです。夫人は小柄でやさしい感じの方ですが、その時は夫を守ろうという毅然とした感じがありまして、それが写真にバーツと出ているんですね。
そこでその直後にご夫妻とお会いしまして、私が「奥様、すごく良い表情ですね」と言いましたら、夫人は「嘘でもそう言われると嬉しいわ」と言ったんです。そうしたら李登輝さんが突然、「ふみさん。その日本語表現は使ってはいけないと言ったでしょう」と言うんです。つまり「嘘だとしても嬉しい」というのは、少しとげのある表現だということなんです。
ぼくはその時、それほどまでに日本語を大切にしているのかと。戦争前や戦争中、日本は日本列島以外では嫌われてきた、日本がすべて悪かったという教育を受けて育ってきた人間としては、びっくり仰天を通り越した、まさに感動的な場面だった訳です。
北京に98年から2年間位いたんですが その間にも台湾に行く機会がありました。ある雑誌にも書きましたが、北京から台北へ行くということは、普通の日本人にとっては砂漠からオアシスに行くという感じがするんです。これはけっして誇張ではありませんし、北京の空気が乾いているからという訳でもない。とにかく台湾には暖かさがある。
台北の空港に着いた時、後の中年女性が荷物のカートを私の足でぶつけたんですが、その人は少しアクセントのある日本語で、「すみません、すみません」と言うのです。北京ではこのようなことはないですよ。ぶつかっても「すみません」などと言わない。まして日本語で言うなんて考えられないことです。
3、台湾はイスラエルになれるか
台湾と中国とでは一つ一つの違いがとても大きい。陳水扁総統が選挙に当選した頃、北京でNHKやCNNで台湾の模様を見ていましたが、選挙の前の日に、陳水扁が雨の中でマイクを持って演説をしていまして、そこに群衆が集まってくるんです。このような光景を北京で見ていると、「一つの中国と言うけれど、これほど体制に違いがあるのか」と。これは中国ではまったく考えられないことなんです。こうしたことは、中国問題を考える上で重要な要素だなと感じたんです。
そこで「アメリカから見た台湾、中国、日本」という今日のテーマですが、これから台湾がどういう道を歩んで行けるのか、あるいは行くべきか、ということについては、我々も日本の国益の立場から考えるし、世界情勢の中でも考えるし アメリカにとってどうなのかも考える訳です。
特にアメリカから見た台湾はどのようなものか。台湾の独立と言う言葉でもいいですし、李登輝さんの言われた自立とか、「一つの中国から外れて行く」、あるいは「特殊な国と国との関係」という言葉でも良いんですが、アメリカでそのようなことを考えられる方に、私はいくつかの質問をするんです。よくする質問は、「アメリカから見て台湾は、イスラエルになれるか」ということです。
これには少なくても三つの意味があります。第一は、台湾に武力行使をする大国があった時、台湾はイスラエルのように、何が何でも戦う姿勢があるのかどうか。
第二は民主主義です。いろいろ問題もありますが、アラブ中東の全域で、イスラエルだけに、国民が自由に政権を選ぶ民主主義が定着している。台湾も民主主義を追求して行けるのかどうか。
第三は、第一と第二を合わせた上で、イスラエルのように、アメリカにとって死活的重要性を持ち得るのかどうかです。
中国の将来、台湾の将来、日本の将来は、アメリカの存在なしには考えられないのが現実ですから。アメリカにとってそれぞれの国、それぞれの地域がどういう意味をもつかが一番重要な点です。
97年12月に初めて台湾に行き、政府の安全保障担当で対日関係に携わる2030人の方と集まって話をした時にも、私は「台湾はイスラエルになれるでしょうか」と聞いてみました。そうしたらピタッと意見が二つに分かれ、「台湾人は、いざとなったら逃げだして、中国本土と一緒にやって行くだろう」とか、「いや、アメリカに行くよ。アメリカ国籍を持っている人は大勢いる」と言った人が半分位いました。あとの半分は、「いやそんなことはない。戦うはずだ」と。「戦う」と言った人たちが、世代的には若手だったのが印象に残っています。
今申し上げたことがアメリカの一般の国民、あるいは政策を担当している政府高官、さらには学者、議員といった人達が、台湾問題を考える上での大きな要素として必ずある訳です。つまり台湾の人達自身は、いざとなったらどのように身を処すか、ということですね。
ただこれには最近、はっきり言って非常に大きな懸念がある。台湾人は中国にどんどん投資して行って、50万人がすでに中国にいます。現地で結婚する人も多くなっている。このように台湾の経済は、中国と親密になって経済の絆を保たなければやって行けない状態がでている。このままでは台湾は溶けてしまい、そのまま中国に吸い込まれてしまうという危険がある。アメリカでも、そう心配する人は多い訳です。
では今のブッシュ政権の台湾政策はどうなのか。今この瞬間だけを見ると、「台湾は独自のアイデンティティを保つべきだ」と思っている人達、あるいは「独立を試行して行くべきだ」と考える人達にとっては、過去50年の歴代政権の中では、今が一番良いのではないかという気がします。
ただこの「一番良い状況」というものは、いつかは崩れ得るんですね。やはり世論というもので動いて行く国ですから。そこが民主主義の良いところであり、危険なところです。
そういう前提を強調したうえで、では何か一番良いのかということをご説明したいと思います。
4、ブッシュ政権下で活発化する対台湾交流
2001年にブッシュ政権が登場し、内政、外交の面でクリントン政権とは違う政策をいろいろと打ち出しました。その中で上から数えて3つ位の内の一番大きな政策の転換が、おそらく台湾も含めての対中国政策です。もちろんそれは対日本政策とも絡んでくる問題です。
クリントン政権の場合は中国を重く見る、友好的に見る、あるいは暖かく見るという感じが強かったですね。だから中国を戦略的パートナーとまで言っていた。従来のアメリカでは、これは同盟国に対してしか使わなかった言葉なのです。
逆にブッシュ政権は、相手の国が民主主義かどうかということを、ヒステリックな位に気にします。それ次第でその国との関係を左右させてしまうんです。
それからクリントン政権には戦略的曖昧さというものもありました。中国がもし台湾を武力で攻撃しそうになった時に、アメリカはどう対応するのか。何か何でも台湾を守るのか、それとも何もしないで放置しておくのか。これについては、どっちとも言わず、曖昧にしておくんです。そうすることで「ひょっとしたら攻撃してくるかも知れない」と中国に思わせて、抑止力にするという戦略です。ところがブッシュ大統領はこれを即座に破棄したんですね、
アメリカでは、政権が民主党から共和党に変わり、あるいは共和党から民主党に変わると、何か何でも前の政権とは反対のことをやるという傾向もありますから、それを割り引いて考えなくてはなりませんが、それでもブッシュ政権は台湾を重く見ている。中国尊重の政策を改めるという姿勢を、非常に明確に打ち出している。
ブッシュ大統領は、「台湾がもし攻撃されるような場合には、台湾の防衛に必要なことは何でもすると」とまで言ったんです。後で「これはちょっと言いすぎた」ということで、ライス大統領補佐官が訂正していますが、いずれにせよ、戦略的曖昧さでなくて、「まずアメリカが出て来て中国を抑えるぞ」ということをはっきりさせています。
それからもう一つは、それと表裏一体ですが、台湾に近代兵器を送るということです。クリントン政権は売ることをしなかったキッド級駆逐艦とか、対潜哨戒機、ディーゼルの潜水艦というものを売ったんですね。政権誕生からわずか3ヵ月でそれを決めている。
こうしたことで台湾との交流がものすごく活発になりました。私達もよく記者会見に呼ばれるんですが、ワシントンを訪れる台湾の国会議員や学者の人達が、最近とても多いんです。それも民進党主体の人達が。重要かどうかは知りませんが、彼らにはまず英語がうまい人が多いですね。若い女性で、よく陳水扁総統の英語の通訳をやっていたウィッキ‐・シャオさんですが、彼女は通訳兼政府のまとめ役なんです。ただ英語だけではなく、政策的なことを聞かれても、すぐ答えられるんですね。
最近印象に残っているのは、昨年の9月に陳水扁総統の呉淑珍夫人が車椅子でやって来て、ワシントン市内のアメリカン・エンタ‐プライス・インステチュ‐トという研究所で講演をしたことです。これには沢山の人が集まりましたが、演説が立派なんです。そこへブッシュ政権の閣僚が来るんです。ボルトンという国務次官で、よく台湾ともかつて交流していた人物ですが、呉夫人とは本当に手を取り合って交流していることが解ります。呉夫人は「アメリカと台湾の両国は(国という言葉をちゃんと使いました)、民主主義、自由を共有するその最善のパートナーだ」とスピーチし、結構アメリカのマスコミにも大きく取り上げられていました。
それからワシントンにはツインオークスという大きく立派な邸宅があります。これは国民党時代からの台湾政府の持ち物のようですが、そこでよくパーティーなどあり、私も程建人駐米代表に呼ばれたりしますが、そこでは単なる友好交流だけでなく、もっと実質のある交流が非常に活発に行われています。例えば台湾の国防大臣にあたる湯耀明国防部長が去年3月にここに来て、ウォルフォウィッツ国防副長官と会談しています。私は随分前から台湾、中国、アメリカとの関係を見て来ましたが、No2とは言え、アメリカの国防の責任者と台湾の国務大臣が堂々と会談をするなど、以前では考えられないことなんです。
5、「台湾は国を守る気があるのか」という懸念
もっと考えられない事は、中国が激しい抗議をしなくなったことです。この時、たまたま主席になる前の胡錦涛氏が、この台湾国防部長のすぐあとにアメリカに来ることになっていまして、今までの中国のパターンなら、そこで抗議して、「胡錦濤の訪米は中止だ」などと言うんですが、この時は全然言わなかった。
このように台湾は、これまでできなかったことを、今では平然とやっているという感じがします。ブッシュ政権もそういうことを奨励しているし、受け入れている。だから日本と違って、ブッシュ政権の閣僚クラスが台湾を訪問するなんてことはしょっちゅうある。国務長官は行かないですが、商務長官あたりは平然と台湾を訪問しています。
ただ先程申し上げたように、台湾の経済がどんどん大陸に依存して行くと、アメリカでも「もう台湾には自立も独立もないようだから、まあ中国と一緒になっても良いのではないか」「今香港で破綻をきたしている『一国二制度』でも良いのではないか」という意見が出てきます。皆さんは「とんでもないことを言う」と思われるでしょうが、その様な印象がアメリカ側に、ビシビシと伝わっている訳です。だからブッシュ政権が台湾に一生懸命テコ入れしても、肝心の台湾の人の多数派が、「いやいや、もう大陸と対決する必要はないのだ」という風になってしまったら困るな、ということが、アメリカでヒソヒソと囁かれている状態なのです。
そういう懸念が出てきた根拠の一つが、先程申し上げたアメリカから台湾への2001年の兵器売却での台湾の対応です。
台湾政府はディーゼル潜水艦をまだ注文していません。なぜならアメリカ国内ではディーゼル潜水艦というものをほとんど作ってない。ドイツなどのヨーロッパの国に頼むと、中国が必ず圧力をかけて、注文し難い。しかも今、台湾政府は非常に緊縮予算です。私はこの潜水艦の購入が決まった前後にちょうど台湾にいて、李登輝さんに話を聞く機会がありました。彼は「ハッソウ来るんだ」と言うんですね、「ハッソウ」とは何だと思ったら潜水艦「八艘」の事で、「ハッソウ来れば大丈夫だ」と喜ばれていたのですが、しかし実際に買うとなったら、政府に予算措置がとられていない。
2年以上過ぎた現在でもそうですから、「台湾は本気で国を守る気があるのか」という人達もアメリカにはいる訳です。
今まで申し上げてきた、堅実で前向きな台湾とアメリカの関係に一種の影というか、不吉な穴のようなものが出てきているのではないかと思います。
6、対テロ戦争中でも変わらないアメリカの対中国認識
御存じのように、中国は台湾への武力行使の条件を3つはっきりさせています。
第一は、台湾が独立を宣言した場合。第二は台湾が外国勢力に占領された場合。第三が、これはいろいろな解釈ができて一番微妙ですが、台湾側が統一交渉を無期限に拒んだ場合です。この「無期限」とはどういうものか。これは皆が北京でよく質問する問題ですが、中国側ははっきり答えない。「まあ数年」だとか、「十年以上」という言い方をよくします。だからいつになったら中国にとっては許容できない状態になるのがわからない。ワシントンで私がよく話す中国側の人などは、「あれは放っておいて良い。経済のきずなの拡大に任せておけば大丈夫だ」と平然と言う人もいますし、「その内台湾は中国になびいてくるよ」とハッキリ言う人もいます。
それから「台湾の独立」ですが、これについてブッシュ政権がどのように見ているかです。よく「独立を支持しない」という言い方をしたり、たまに「独立宣言には反対する」という表現が出たりしますが、突き詰めて聞いて行くと、この「独立を支持しない」は、「独立に反対する」という表現よりは弱いですね。そうすると「この辺に本音や建前がいろいろあるのでは」という読み方も出てくる訳ですが、私はやはり「独立宣言には反対」というのが本音ではないかと思います。実際、台湾には独立国としての要件を満たしている部分が随分あるのだから、今さら独立宣言で中国の武力行使を招くようなことは是非とも止めてくれというのが、ブッシュ政権の本音です。
ただし、これも民主主義の面白い所で、ブッシュ政権を支えている共和党の議員や学者などは、「台湾は公式に独立を宣言してもよいのだ、むしろするべきだ」と言う人はいます。台湾が民主主義、自由市場経済という基本的な価値観をアメリカと共有する以上、「一党独裁で人権を彈圧している中華人民共和国から完全に離れると宣言しても良い」と言う人も、少数派ながらいるんです。アメリカ人の心情としては、やはりそういうものがあるんですね。
ではその中国に対して、ブッシュ政権はどのような態度をとっているのか。
アメリカの対テロ戦争で、イラクでは大量破壊兵器が見付からないとか、見付かりそうだとか、いろいろ言っていますが、この大量破壊兵器、それから核兵器、化学兵器、細菌兵器がブッシュ政権にとって、あるいは我々全世界の普通の人間にとっても、これが非常に大きな懸念材料になっていることは間違いありません。
そこでブッシュ政権は、テロや大量破壊兵器という目の前にある脅威への対応を最優先するため、中国に対する姿勢を、ある意味で非常にソフトに変えてきていることは事実です。クリントン政権のような融和や和解の姿勢に変わってきたとの見方もかなり出されています。
ただ客観的に現実を眺めると、私自身は違った見方をとらざるをえません。やはりアメリカにとって中国の存在は、自分の利益と正面からぶつかる脅威であり、潜在的なチャレンジャー、ライバルであるという認識、しかも長期的に見れば、アメリカにとっては最大の潜在的な敵(表だって「敵」という言い方はしませんが)とする認識は変わってないのです。
日本でもベストセラーになった『ブッシュの戦争』を見てもわかりますが、ブッシュ政権誕生の時、側近たちは外交問題における一番の懸念として中国を捉えている。中国を潜在の敵、ポテンシャルエネミーとして位置づけている。そうした認識は、9・11のテロ後も決してなくなった訳ではないのです。
中国が、アメリカの東アジアでの政策そのものに挑戦してきている国であることは間違いありません。実際、日米安保にも本音では反対です。アメリカ軍が東アジアに駐留する、韓国に駐留する、日本に駐留するということに反対だし、台湾に対して「守りますよ」というコミットメントを持っていることにも反対。要するに、東アジアからアメリカ軍が出て行ってくれることが好ましいと言ってきている国なのです。
それからアメリカには、やはり民主主義ではない国とは本格的な友好関係は築けないという、恐らく子供っぽく映る程の外交のこだわりもあります。これはアメリカの建国の理念にまで遡る様な、深い深いコンセンサスです。
もちろんアメリカにも「自分達の利益だけはまず守る」という考えがありますから、人権、民主主義、自由といった問題でも、一時妥協することはある。例えばチベットを中国が不当に抑圧しても、ブッシュ大統領が胡錦濤主席にチベット問題をガンガン提起することはありません。それでもやはり民主主義というものを基準にして外交政策を組み立てるという基盤は、アメリカには厳然としてある。その観点から見たら、中国はやはり相容れないという部分がある。
7、アメリカが気にする中国のミサイル配備
一方、中国ですが、今までさかんにアメリカを批判していますね。「一極世界」という言い方をして。これは「アメリカだけを超大国とする、今の世界の仕組みを打破しなくてはいけない」「多極世界にしなければならない」と言うものです。多極となれば恐らく4つか5つの極に分かれるでしょうが、もちろん中国もその一つに入っている訳です。「では、日本は入っているのか」と中国の指導者に聞くと、あまり答えは返って来ません。恐らく入ってないでしょう。総合的国力というものがありますから。
総合的国力に関して言えば、中国には、2025年頃に中国がアメリカを上回るとのプロジェクションの予測があります。つまりアメリカ哀退論です。これは日本にもついこの間まであったんですが、今はありません、しかし中国はアメリカ哀退論というものを、かなり頻繁に打ち出してきました。つまり中国側も基本的にはアメリカを敵視しているんです。
もちろん経済の面では、台湾と中国との関係と同様、アメリカ企業が中国に投資をして、そこで安いものを作り、それをまたアメリカに輸出して、それでお互いが儲かったら良いではないか、という現実的な絆はあります。
ただ台湾や日本と決定的に違うのは、基本的権利が認められていない中国の安い労働者を、アメリカ企業が使うのは怪しからんとの意見が米側の一部にあることです。アメリカの議会では労働組合の代表がいつも出てきて、非常に強い意見を言っています。これは日本の労働組合には全然ない発想です。中国の労働者には保険も医療費もなく、ILOで認められている基本的権利、たとえば労働組合の結成の権利、あるいは雇用側との団体交渉権などは認められていません。そのような状況で労働者を酷使していいのか、という疑問がアメリカ側で提起されるわけです。
アメリカと中国の経済の絆は太くなっていても、その一方で先程申し上げたように、アメリカの中国への警戒心は非常に強い。その端的かつ具体的な実例としては、国防総省が年に1回、必ず中国の軍事力の状況を発表するという規則があります。つい2週間か10日位前にも、今年のレポートが出ました。非常に詳しい報告書で、既に日本の新聞でも報道されていますが、今年も去年と同様、一番大きな項目として挙げているのが、台湾向けと思われる中国の短距離ミサイルの配備についてです。福建省、南京などに短距離の弾導ミサイルが450基ぐらい配備されており、しかも年間75基位のペースで着実に増えていると。
アメリカはブッシュ政権以前から、これを非常に気にしているんです。私はその頃北京にいましたが、ブッシュ政権、ブッシュ陣営の要人が時々メッセージを持ってきて、中国側に「台湾海峡付近ではミサイル配備を止めてくれ」「もう既に配備されたものは撤去しなくて良いから、新しいものを増やすのを止めてくれ」という要望を伝えていました。
現在台湾に駐在しているアメリカの政府代表のダグラス・パール氏も、そういうメッセージを届けたことがあるそうです。その時は「もし台湾に照準に合わせたミサイルを減らさなくてもよいから、単に増やさなければ、アメリカは台湾に新しい兵器の売却を延期しても良い」とまで伝えているんです。これはジュージ・ブッシュが大統領になると決まったあとの、2000年12月の終わりか2001年1月の初め頃のことです。
しかし中国側は、それを一切聞かなかった。そしてそれまで通りに1カ月に2、3基位のペースで新しいミサイルを増強している。更にロシアから、あるいはウクライナやグルジアから、中国にとっての新型兵器をいろいろ買っています。これはもう古い話ですが、スホイ27という戦闘機などですね。最近はスホイ30なども買っている。それからキロ級潜水艦とか、ソブレメンヌイというミサイル駆逐艦ですね。スホイ27の方は中国はすでにライセンス生産をしています。弾道ミサイルとは別に巡航ミサイルもあります。自動操縦みたいに飛んで行く巡航ミサイル。これもかなり増やしているのです。
ですから間違いなく、中国人民解放軍の当面の最大目標として、台湾軍事侵攻のシナリオが存在するわけです。そのシナリオに沿って軍備増強をしているのです。もちろんすぐに戦争を始める訳ではありませんが、いざという時には、そうできるようにしなければならない。準備を整えておく必要があるのです。
そこで、陳水扁政権ですが、アメリカ側には「第2期陳水扁政権はまずあるだろう」という見通しもありました。中国側もそうみていました。私自身もぜひそうであって欲しいですけれども。 しかしこの見通しは今は非常に分からなくなりました。
それでも中国は万が一に備えて、「陳水扁政権は第2期目になった時が一番危険だ」という見方をとっています。「陳水扁は第1期は慎重にやっていても、もし再選されたら本音を出して、ある日、突然、独立を宣言するのではないか」と、中国高官がもらすのを聞いたことがあります。
そういう場合には、中国はこれまで一貫して「軍事攻撃をする」と宣言してきたわけです。なのに、実際に軍事攻撃をかけられる態勢がなかったら、これほどお恥ずかしい話はない。「だから今から態勢を整えておくんだ」と平然と語る人たちが、中国の高官のなかにはいるのです。
だからアメリカが見るのは、まさにそのような中国側の、軍事攻撃も辞さず、という考え方、行動様式ということなのです。
8、アメリカに勝てない中国の融和、和解姿勢
アメリカの国益としては、台湾海峡を含む東アジアに関しては、現状維持が一番良いことは明白です。だからその現状を引っくり返そうとするパワーに対しては、アメリカは正面から立ち向かわなくてはならないという構えもあります。このアメリカの現状維持に対して、中国は現状打破が狙いです。だからこそアメリカにとっては中国はやはり潜在的な敵としてみることになるのです。
それに対して中国は近年、非常に面白い変化をして来まして、先ほど申し上げたように、アメリカとの対決、対立、衝突をできるだけ避けるようになってきたんです。
たとえば我々はいつも中国に、「日米安保には賛成ですか、反対ですか」と質問するのですが、私が北京にいた頃はだいたい「反対」という回答です。ところがそれが最近変わってきた。2001年に当時の唐家せん外相がパウエル国務長官に、「アメリカ軍が東アジアにいても、在日米軍がいても良いんだ」ということを言いはじめた。2002年10月の上海でのAPECでも、江沢民はブッシュに「アメリカの東アジアにおける軍事プレゼンスは、東アジアの安定に役立つ」などと、今までとは全然違う話をしている。
こうした中国側の発言をアメリカは信用していません。中国の本音などではなく、アメリカと衝突したくないがための中国の戦術だと思っている訳です。
中国側が表面的に姿勢を和らげてきた最大の理由は、湾岸戦争、コソボ、アフガニスタンなどで、アメリカの軍事パワーの強さを見たからでしょう。一気にクウェート侵攻軍を破り、空爆だけでユーゴスラビア連邦を屈服させてしまうという、地上戦闘なしで空からだけで戦争をやって、自分達の方はほとんど死者を出さないという、あの革命的な戦争の仕方に、「驚異だった」と、中国の人達は言っていますね。
アメリカ当局が一昨年、アフガニスタンのタリバンとか、アルカーイダに爆撃を始めた直後に中国側でおもしろい動きがありました。中国の人民解放軍には、相手の軍隊が何をやっているかを知るため、信号や無線の傍受と暗号の解読を行う特別な部隊があるそうです。そのなかで最精鋭の部隊は普段、だいたい台湾海峡に近いところにいますが、アフガニスタンでのアメリカ軍の爆撃が始まったら、すぐに新彊へと動いたというのです。新彊とアフガンは繋がっていますので。このように中国は、やはりアメリカがどのような戦争をするか、固唾を呑んで、息を詰めて見ている訳です。そして「これではアメリカと事を構えたらまずい」という判断が明らかにそこでまた補強されたようです。
その判断の裏には、アメリカがブッシュ政権になって、中国向けの軍事力を強化していることもあります。グアム島に原子力潜水艦を新たに持ってくるとか、B1という爆撃機の数を増やすとかです。
このようなアメリカの、力で対立して行くという姿勢は、私が見ても恐ろしい位です。良く言えば毅然たる、悪く言えば冷酷にとでもいえましょうか、とにかくすごい勢いで、平然と軍事力を使うというところがあるんですね。
話は戻りますが、アメリカの大統領選挙中、「ブッシュ政権になったらこういう中国政策をやりますよ」ということを立案していたブッシュ陣営の人が、北京に来たので話をしました。当時人民解放軍の副参謀総長の熊光かい(木に皆)が非公式な場でにせよ、「もし台湾海峡で有事になってアメリカ軍が出てきたら、ロサンゼルスにICBMでの攻撃を考える」などという趣旨を述べていたのです。熊将軍はその後、その発言をあわてて取り消したりもしましたが、当時のクリントン政権の内外には衝撃波を広げました。そのブッシュ陣営の人にこの件を述べて、反応を問うと、彼はせせら笑って「上海沖にはいつもアメリカの原子力潜水艦がいる」「北京でも上海でも、核ミサイルはほんの五分で届くのだ」と半分冗談みたいに言うんです。
上海沖にアメリカの原子力潜水艦がいることは間違いなく中国側も十分知っている訳です。だから「あちらはロサンゼルス、こちらは北京と上海」というようなことを言う。本当にそういう風になるかは私は知りませんが、少なくともアメリカ側にはそういう備えがあり、しかも実際にその核ミサイルを最悪の事態には発射する覚悟がある、ということをその人物は冗談にひびくような口調で宣言していたのだといえます。真実はその言葉の半分しかなかったにしても、ブッシュ陣営の特質を象徴する、と感じました。そういう断固たる姿勢がブッシュ陣営にはある、そのようなメンタリティがある、ということでしょう。
もちろんその種のアメリカの軍事戦略はクリントン政権時代にもあったと思います。ただしブッシュ陣営はそれをもっと強固かつ明確に表明するのです。中国側ではそう言う体質に触れて、びりりと電気を感じたような反応が指導部の今の言動から十分に窺われる。アメリカと軍事面で対等に戦えるかと言ったら、中国はまだまだそこまで行っていないし、ちょうどアメリカ側も対テロ戦争での協力を一生懸命求めてきているので、「だったらこの際はアメリカを叩くような強い言い方を引っ込めて、少し融和、和解の姿勢で行こう」というのが今の中国の状態なのです。
ですから、ずっと申し上げてきた基本の「アメリカ・台湾・中国」という危険を孕んだ三角関係の基本構図は基本的には変わっていない。表面の穏やかそうに見える動きだけで、実際に全部がそうだ、と見るのは間違いだという訳です。
経済面に象徴される台湾と中国との結びつきの深まり、広まりにつれ、台湾ではひょっとしたら、「とにかく中国と一緒になって行くほうが良いんだ」という意見が多くなってしまうかも知れませんが、それでもアメリカは「いざという時には台湾を支持する」という姿勢を崩してはいない状況があります。
9、日本が「普通の国」になることを認めているブッシュ政権
最後に日本ですが、ブッシュ政権が日本をどう見ているかについて簡単に言うと、これも歴代のアメリカの政権のなかで初めて、日本に「普通の国になってくれ」「普通の国になっても良いですよ」ということを言っているのがブッシュ政権です。
日本側では自衛隊をイラクに送っても、「危ないところには行ってはいけない」「戦闘の起きるところには一切行ってはいけない」と言うくらい、おかしな話がまかり通っている。これは全て日本が自らに課した憲法と言う規制のためです。しかし何も危険のないところなら、自衛隊という一種の軍隊が行く必要もない訳です。
安全保障ということに関しては、普通の国は普通に軍事力を行使できるんですが、日本は集団的自衛権の行使、つまり仲間と一緒になって何かをするということができない。土井たか子さんのように、「憲法の解釈を変えて、集団的自衛権を認めると、日本は軍事大国になる」などと今でも言っている人がいる。日本が普通の国になることに日本の左翼が反対するのは、できるだけアメリカとの防衛関係を強くさせたくないからです。
中国や韓国も同じことを言います。「日本人には危険な体質があって、普通の国のように軍事力の行使を認めると、すぐに攻めてくる悪い性質がある」などと意味のことを言う。日本人のDNAへの不信ですね。これは冗談で笑っている分には良いけれども、まじめに考えると、これほど屈辱的な話はない訳です。日本というのは、普通の状態になると悪いことをする体質だなんて。成熟した民主主義の国である日本が、いったいどこを攻めて行くんですか。中国を攻める訳にもいきません。韓国を攻めても、そこはアメリカと同盟国関係にありますから、そうしたら今度はアメリカが日本を攻めてくることになる訳ですよ。
ところがアメリカの歴代の政府は、そのような中国や韓国の言う方にばかり耳を傾けてきたんです。そこでブッシュ政権になって初めて、日本が安全保障面などで普通の状態になることに対し「もし日本がそれを望むのだったら、アメリカは全く構いませんよ」となったんです。
ただ、日本が普通の国になったとしても、日米安保を破棄して、それこそ核兵器を自分で持つということなったら、やはりアメリカは困る訳ですから、それに対してはものすごい勢いで反対するでしょう。しかし今の日本の状況を見ると、そのようなことを求める政治的勢力はほとんどないですね。
だから「日本は普通の国になった方が良い」と思っている人間にとっては、ブッシュ政権は救世主みたいなところがある。ところが不幸なことに、「今、イラクを攻めて怪しからん」だとか、「ブッシュの英語は間違っておかしい。馬鹿だね」という話ばかりが広まってしまい、ブッシュ政権が日本との関係をどう見ているか、どう望んでいるか、というところに中々話が行かない。これはもったいない気がします。
もしこれで来年の大統領選挙でブッシュが負けたりすると、これは台湾にとっても日本にとっても大変です。特に私は台湾にとっての方が大変だと思います。ブッシュ政権ほど台湾を守ろうとする政権は今後も生まれるだろうか。今の民主党の候補者を見ても、だいたいブッシュさんと反対のことを言っている人が多いんですね。
私は民主党嫌いで共和党贔屓、という訳では決してありませんが、日本にとって得か損か、東アジアにとって得か損か、ということだけを見れば、やはり民主党では少し不安です。ついこの間まで上院の民主党側で外交委員長をやっていたある上院議員の補佐官など、「台湾は中国と一緒になれば良いんだ」ということを平気で言っていました。
しかし日本にとっても台湾にとっても、今の状況は良い訳です。ただアメリカは民主主義の国で、振り子が激しく揺れますから、それを何とかうまく自分達の得になるように活用して行くことだと思うんですね。
今の日本の場合には経済が弱いので、1980年代に日米関係で一番大きな問題だった経済摩擦というものがほとんどありません。それで相対的にますます安保が重要視され、うまく行っている。まあ、ブッシュ大統領と小泉純一郎首相は、個人としても非常に波長が合っている。これは間違いない事実だと思います。
質疑応答
(質問)
アメリカでは、普通の人は台湾を中国の一部と思っているのではないですか。専門家でない方たちと話しているとそう強く感じます。それからもう一つ、キッシンジャーさんという方が昔いましたが、彼の外交政策は「道徳と外交を完全に分離するんだ」という考えだったと思うんです。ブッシュ大統領は道徳と外交がかなり一致していると思うんです。ライスさんはキッシンジャーさんの直弟子だということですが。
(古森さんの回答)
どの辺を「普通の人」と定義づけるかで違ってきます。議会のメンバーは普通の人とは言えませんが、普通の人が選んだ選良として考えれば、民主主義の台湾は中国とは全然違うんだという認識は、下院の435人、上院100人の間でものすごく徹底しています。それから普通の人でも外交を見ている人たちの間でも、やはり台湾というのは「中国に呑み込まれそうだけれども、中国とは違う」という認識が定着しています。しかし「一つの中国」とはいったい何なのかについては、その辺まで詳しくわかっている人は少ないでしょう。
それからキッシンジャーの「道徳と外交を分ける」というのも、これもまた程度の問題で、やはり道徳、道義、倫理なき外交というものを打ち出したら、アメリカの議会で非常に強い抵抗を受けます。道義、道徳を捨てざるをえない、あるいは捨てることによってはじめてアメリカの利益が守られるという場合は別ですが、道義を外交に織り込むというのがアメリカの伝統であり、一番大きな流れであるというのは変わらないと見ています。超大国としてのゆとりが出てくれば出てくるほど、道義ということを重視するという傾向があるようです。
(質問)
来年陳水扁総統が再選され、さらにブッシュ大統領も再選され、願わくは李登輝さんも健康でご活躍するという3つの前提条件が整って、2006年当たりに台湾で住民投票をして過半数を取り、その結果台湾独自の一つの国として国家社会で認められる努力をするという、つまり台湾独立の宣言をした場合、世界は、アメリカはどういう反応をして、どういう状況になるのか。私は確かに中国は台湾に向けてのミサイルを配置し、「いざという時には」という構えをしてはおりますが、現実的にはやはりそういう力はないと思っています。私は、台湾はまともな国として、いろんな国の承認が得られるのではないかと、希望的な観測をしておりますが、一つ鋭い国際的な広い目で、こういうふうにうまく問屋がおろすものなのかどうか、私の希望的な観測が大変甘いものなのか、それとも全く可能性がない訳ではないとお思いなのか、感想をお聞かせいただきたいです。
(古森さんの回答)
陳水扁さん自身は今年一月、「四つのノー」の政策に変更はないと言いました。つまり「独立宣言はしない」「中華民国の名は変えない」「二国論を憲法に入れない」、そして「統一か独立かを問う住民投票はしない」と。
このうち住民投票というものは最も民主的な方法ですね。中華人民共和国が言っている平和共存5原則の中でも、民族の自決がある訳ですから、「住民投票をやろうじゃないか」と言えば、「結構だ」となるのですが、ただしその場合には中国全土の住民の投票にしなければダメだと言うんですね。つまり大陸の人も投票しなくてはダメだと、無茶苦茶なこと言う。だから台湾が住民投票を実施すれば、まずその第一段階で、中国は正面から阻止して来るでしょうね。武力による威嚇を含めて。
それからブッシュ政権が二期目に入っても、やはり台湾独立には反対はしないけれど支持もしないという可能性が非常に強い。だから間違いなく軍事の危機は起きますね。よって台湾独立という世界地図を変えるようなことは、そういう障害に耐えなければ実現しないかも知れません。
その時は日本も渦中に入るわけですから、日本の政権当事者などは、「なるべくそういうことのないように」と祈っているはずです。しかし日本側でも「自分たちの統治のあり方は多数決で決める」というのは民主主義の基本の主張として正論だと考えるでしょう。ですから台湾での住民投票という手段も私個人の心情としては是非そうしていただきたいと思うけれど、実際を見ると非常にリスクが高いな、という感じがします。
(質問)
私は日本人と結婚した元台湾人です。95年から99年まで上海に滞在しましたが、「大地の子」がいまだに中国で放送されていないんです。とりあえずNHKに問い合わせしたら、真っ赤な嘘が返って来ました。「日本と同時に中国でも95年に放送されました」と言うんです。あれを本当に中国で放送したら、共産党の一党独裁は絶対にすぐ崩れるから、放送できないのだと思います。ご意見をお聞かせください。
(古森さんの回答)
私は『大地の子』という本には何となく嫌な先入観があって、長年、手にしませんでした。ところが実を言うと北京駐在時代の終わり頃にようやく読んだんです。それからテレビ化分も全部見ました。確かに中国では一般には全然放映されていないですね。16歳まで中国で育ち、台湾の女性と結婚した日本人の30歳位の知人に聞いたら、「あの話に出てくるような、美しく生きられる人間は中国にいない。あんなふうに生きられるはずがない。すべて作り物だ」と言っていました。
北京でも良く、中国共産党の一党独裁はいつまで続くのかという議論をするんですが、失業が増えたから、不良債権が増えたからとかで、「もう続かない」と言った意見もあるけれども、残念ながら私はまだ長く続くのではないかという見方です。たしかに共産党の統治システムのイデオロギーの部分はすでに空洞化しています。ご存知のように市場経済でやっている訳ですから、社会主義と言っても皆わからなくなっている。北京の街には「社会主義精神文明」という言葉が良く書かれていますが、「あれは何ですか」と聞いても、「汚職しないってことですよ」という程度ですね。
ただ、共産党体制について良く思うんですが、権力を保つシステムの効率の良さは認めざるをえません。今旧ユーゴスラビアで、セルビア、スロベニア、コソボ、ボスニアなどがものすごい争いをしていますが、あれだけ衝突する原因はずっと前からあったんです。しかしチト‐大統領の一党独裁の時には争いは一切、表面化しなかった訳ですね。そういうものを抑えて行くという、過酷というか冷酷というか、結果としての効率の良さは、残念ながら中国にはあります。やっぱり恐ろしいな、という気がします。力の世界と言いますか、自分たちに立ち向かう、自分たちから権限を奪おうとする人を平気で殺しますからね。中国民主党などは結成したというだけで中心人物は懲役14年です。新疆地区なでの反政府の実力行動に対しては、すばやい死刑をもって対応します。
だから私は、中国共産党の体制はそう簡単には崩れないと思います。
少し雑談になりますが、私は2年間北京にいて、よく中国人と思われたんです。中国人みたいな顔をしている日本人と言えば、恐らく私は一番そうじゃないかと思う。北京では映画のDVDのニセ物を売っているんですが、私が一人で行くと皆ワーと逃げるんですよ。警察だと思うんですね。
ところがいざ日本人だとわかった途端に、中国人の反応が変わるんです。彼らの頭には「教え込まれた日本」というものがあるんですね。これも一党独裁の歴史教育の賜物です。日本の教科書にずいぶん文句を言いますが、では中国の教科書は日本について何を教えているかというと、これが無茶苦茶なんです。戦後の50何年間の日本のあり方を全く何も教えていない。「1972年に田中角栄総理大臣が来て、日中国交回復の文書に調印した」と2行位出て来るだけです。日本が中国にいっぱいODAをあげていること、「憲法第9条があり、外国を攻めてはいけない」と一生懸命言っていることなど、全く書かれていない。
話からちょっとずれてしまいましたが、一党独裁の教育とはそういうものです。
(質問)
先生は今日、台湾と中国との経済交流が深まることで、台湾が中国に呑み込まれる不安があるとおっしゃいましたが、逆にそれで中国の体制を変えることはできませんか。
(古森さんの回答)
そう簡単には行かないと思います。経済だけを見ていると、一党独裁という、いわゆる共産党の原則からずれてしまっているように感じますが、政治権力を一党独裁の形で保って行くというなかでの政経分離ですから。ちょっと乱暴な言い方をすると、むしろ、逆に中国は台湾との経済の絆によって、総合的な国力を高め、その結果、共産党の基盤を強めて行くのではないでしょうか。それこそ場合によっては、中国のその総合的な国力の強化が台湾に対して軍事、外交、経済その他で全面的に圧力をかけるうえでの、さらに有力な武器になるという危険性もあると、私自身は思います。香港の返還の時も、香港の民主主義が中国に広まって行くのではないかとの議論もありましたが、今の状況をみると全く違っています。
(質問)
ブッシュさんと小泉さんは一番波長が合うとおっしゃいましたが、それではロン・ヤスの関係は本当はどうだったのでしょうか。
(古森さんの回答)
これは中曽根康弘さんも全く同じことを聞かれて、「ロンとヤスよりは今の小泉純一郎とブッシュの関係のほうが親しい」と言っています。ただロン・ヤスとの関係は長かったですね。いろいろな問題があって、意見が対立せざるを得ない部分もありましたが、安全保障というところで繋がっていた。政策の部分でロン・ヤス関係による日米のきずなの方が強かったという考察も成り立つでしょう。しかし両首脳の個人レベルでの親密感という意味では、今の方があるという感じがします。
(質問)
ジャーナリストとして記事をお書きになる時に、自分の立場というものをどのように置いているのか。これはなぜかと言いますと、古森さんの場合には必ず署名をしてお書きになるので、私どもは古森さんという方を良く理解して、記事を読ませていただくんです。ところが他紙の場合、かなり客観的なことを無署名で書きます。そうすると彼らのとっている立場が分からない。この点、ジャーナリストとしてどうあるべきなのか、お考えをうかがいたい。
(古森さんの回答)
ジャーナリストとしての自分の立場はどうかを簡単に申し上げると、その基準はグローバルスタンダードと日本の国益だといえるかもしれません。日本の国益だけでやっても、さらにグローバル規模で普遍的な価値を持つ民主主義というものがあります。アジア的な民主主義なり、西欧的、アメリカ的民主主義なりがあるという議論もありますが、民主主義というものはそもそも一つで、その基本は極めてはっきりしています。つまり統治される人たちが自由に意思を述べて、統治の仕組みを決めて行くということ、そのプロセスではいくつかの政治勢力が競い合うということです。
だから中国のような言論の自由を抑えるシステムを褒めることは、いくら流行であっても、やはり私にはできない。
私自身は北京から追放されても全然平気だと思っていたから良かったんですが、中国を専門にやっている人は、中国を批判して嫌われて、向こうへ行けなくなることを心配しています。そうなっては自分のライフワークが否定されてしまいますから。新聞社でも、中国語ができるということで中国専門ということをずっとやって、北京に三年いて、東京に帰って五、六年いて、その後今度は支局長で三年行くというようなケースが多いんです。そのようなプロセスで、中国に嫌われることを書いたら大変なことになる。学者なんかもそうなんですよ。
これはアメリカの学者でもそうです。その代わりジャーナリストには、中国に詳しい人はいても中国専門という人はまずほとんどいません。
その辺は中国の日本担当者などはよく知っていまして、必ず「何か変なこと言ったら仕返しするぞ。ビザを出さないぞ」と暗に脅かします。脅かされた側は自粛してしまう。そういうことがメカニズムとしてできているんですね。
ところがワシントンに、たまたま付き合っていた中国の人がいまして、彼はアメリカだけが担当で、日本などあまり視野にないんですが、私が「これから中国に行く」と言ったら、「中国で政策を批判するのは構わない。あまり気にせず、どんどん書け」と言うんです。つまり中国では日本担当者だけが、「中国を批判してはだめだ」という雰囲気を作っていることがわかったんです。欧米の新聞は、中国政府の政策批判をどんどん書いています。
ただその中国人は、「政策批判は構わない。ただしやはり書かないほうがよいことはいくつかある」と注意してくれました。それらはなにかというと、たとえば、江沢民氏個人への攻撃、誹謗などでした。今から思うと、この人物の助言は非常に当たっていました。
産経新聞のために言えば、私が中国に赴任する前に会長や社長を中心に編集の人間が多数、集まった時、「報道内容によって私が中国から追放されても、産経新聞はそれで良いですか」と聞いたら、会長が「良い」と言ってくれたのです。こうした言質を与えてくれたことは、私にとって非常に心強い支えでした。
以前台湾に軍事情報を流していた人民解放軍の将軍が捕まって、処刑されたことがありました。中国が96年に台湾海峡でミサイルを撃った時に、李登輝さんが「あれは空砲だから大丈夫だ」と言ったんですが、ではなぜ空砲と分かったのか。これから先は又聞きの又聞きですけれど、それはその将軍が「空砲だ」という情報を台湾側に流したからだと言うんです。そしてずっと辿って行ったら、スイスの銀行に何百万ドルかが入っていることがわかり、すぐに処刑されたんです。
それが共同通信か何かの記事になりました。ちょうどその時期に私は中国政府の人から、「古森さん。色々あなたの書いた記事読んでいるが、どうして軍事問題ばかり書くんですか。産経新聞の読者が見たら、あなたを軍事オタクと思うかも知れませんよ」と日本語で言うんです。そうしたらもう一人が「いや、軍事スパイと思うかも知れませんよ」と言うんです。つい少し前にもスパイが処刑された、という時点で、つまり「あなたもヤバイよ」と言っているんですね。するとまた別の人が「冗談、冗談」と言って、別の話に変えてしまうんですが、そういう種類の脅し方が中国には随分あったんです。中国専門記者ではなくて良かったなと思います。
(質問)
これは意見ですが、日本の上の方では、最近かなり中国に対する認識というものが高まってきていますが、下では日本に対する中国の浸透策がかなり進んでいると考えてほしいのです。たとえば姉妹都市の多さですね。あれを使って日本の地方に対し、彼らは非常に巧妙に食い込んできています。このあたりを是非新聞に書いて警告してもらいたいのです。
(古森さんの回答)
その件については留意します。
(質問)単純にして素朴な質問で、しかも易者にたずねるようで恐縮なのですが、ブッシュは来年再選されるでしょうか。先生ご自身の感触はいかがでしょうか。
(古森さんの答え)
こういう質問が一番困るんですね。客観的な判断を下す材料はだれにもまだないからです。それでもあえて、予測を述べて、結果が予測と異なり、後で「あの時あなた、ああ言ったじゃないか」と言われるのも、うれしくないですね。答える勇気がないのかと言われれば、それまでですが。
一年以上先の選挙の結果がわかるという人がいれば、それはインチキだという大前提で、どうしても答えろということならば、私はブッシュは再選されると思います。今もし再選か落選か、どちらかに大金を賭けろと言われたら、再選される方に賭けます。
以上終わり